2008/6/22 日曜日

続笹百合

Filed under: 大人の楽しみ — makun @ 22:32:48

先日の笹百合が咲きました。4_1.jpg
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昨日からの大雨で心配しておりましたが、ひっそり、そう人知れずひっそりと咲いていました(こうゆう表現がぴったりの感じです。)但し香りは馥郁と上品な香りが周囲に漂っておりました。
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2008/6/15 日曜日

笹百合

Filed under: 大人の楽しみ — makun @ 23:55:04

先日、比叡山横川華芳谷の境内に自生する笹百合を分けてもらってきました。
(笹百合は5〜6年前も頂いたのですが、2年位すると咲かなくなりました。原因は気候の所為か土の所為かどっちだろう?とその時おばちゃんに聞いた事がありまして、じゃここの土を持って行きなさい!と云われてお山の土を鉢に移しておきました。)
去年も約束の日に行きましたら2〜3日前迄あった笹百合が猿に食べられてしまい断念した経緯があり心配しながらの訪問でしたが今年は鹿に猿にも食べられてない笹百合が15〜6株可憐な蕾をつけていました。(おばちゃん曰く・新芽のうちは鹿に蕾になると猿に食べられてしまう事が多いらしいのですが根(球根)は残っているのです。)
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今回は実生も頂いてきました。(実生(みしょう)とは、種子から発芽したばかりの植物のこと。子葉や第一葉のある時期を指し、一般にいう芽生えのこと。転じて種子から発芽させて新しい植物体(苗)を得ることをいい、また広義にはそうして得られる成長した植物体をも指す。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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2008/6/14 土曜日

祇園 鹿六

Filed under: 食べ歩き — makun @ 21:18:17

久しぶりに京都にでましたので焼き肉の鹿六を紹介したいと思います。(私の知った当時は万福と云う名前でした。きっかけは祇園のホステスさんに紹介されて何度か同伴前のご飯食べに利用した記憶があります。)
 京都・祇園にふさわしい、昭和2年建造の町家造りの元料亭、その面影をそのままに残す家屋で最高のひとときをお楽しみください。ぐるなび・京都版より
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建物とか佇まいと云うか雰囲気は知った当時と全く同じでした(客層も同じようでしたが、祇園のホステスさんの同伴前の食事風景とか上役と女子社員etc・・・ただ昔と一寸違うかな?と思ったのは観光客風の女の子の3人連れかな?)
飲み物のメニューを見て変わったビールが有るので(京都限定の京都1497)注文して見ましたが私には余り美味しくなかった(頼りなげなビールでした。)
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葱のみじん切り塩が片面に乗っていると焼き具合の見当がつかなくて真っ黒に焦がしたり冷たかったり苦労しましたが素材そのものは良い所為か同伴者は美味しい美味しいの連発でした。締めは黒ゴマのお粥にキムチを頂きました。
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食事も終わりこの店の売りである二階に上り私と1人はコーヒーとフルーツタルトとお餅の3種をもう1人は焼酎の水割りとつまみを頼み3人して勝手な事を言い合いのんびりくつろぎました。14.jpg
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 思いっきり、日本の風情を楽しめながら食べれる、食材もサービスも、レベルは高い。 
その分料金もちょっと張りますが、その高さを感じさせないのは昔も今も変わりません。コストパフォーマンスが良いということでしょう。

2008/6/4 水曜日

続、無動寺坂

Filed under: 景色・景観, 大人の楽しみ — makun @ 14:01:00

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暫く歩いていると(相変わらず坂道です。)足下を見ると湧水らしくじわじわ水が流れて道の真ん中辺りで水たまりが出来ております。その水が流れて行きます。(ふーん!!こんなんが川を作って行くのかなぁ〜と妙な感心をしながら歩いていると・・・)
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浄刹・・・何て読むのだろう?  結界跡・・・???
じょうさつ?じょうせつ??  けっかいあと?けっかいせき???
(帰ってからぐぐりました。1. じょう?せつ【浄刹】1 清浄な国土。浄土。2 清浄な寺院。また、その境内。
1. けっ?かい【結界】1 仏語。教団内の僧が戒律を犯さないように一定の区域を制限すること。また、その区域。)

要するに比叡山と下界の境界ですかね。22.JPG
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急に道が平坦になりました。
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現在の結界に出て来ました。\(^O^)/ お疲れさまでした。(自分に自分を労いました。(・_・;) )
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ケーブル乗り場の駐車場まで500mです。さぁ〜もう一踏ん張りです。

2008/6/3 火曜日

無動寺坂

Filed under: 景色・景観, 大人の楽しみ — makun @ 22:09:03

NO1JPG.JPG今日は久しぶりの五月晴れの気持ちの良い日です。
明王堂に行く途中で見かけたのが郵便局の人が〒の袋をぶらさけてのんびり歩く姿です。(ふ〜ん郵便局も大変だな!!多分、延暦寺の駐車場から歩いてくるのでしょう。)yuubinnkyokuJPG.JPG
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阿闍梨様の食事席です。
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食事の後阿闍梨様の居間(?)に行きお点前のお接待を受け(その時のお菓子が可愛らしいニンジンだったので思わず!)
今日は行者道を行くので挨拶をして早々に退散しました。(阿闍梨様は落ち葉で足を滑らさないように気をつけて行きなさい!!と有り難いお言葉を頂きました。)
先ず、明王堂に挨拶をしてから愈々出発ですが余り景色が良いので西大津方面(近江京方面でした。)目の前の台は100日回峰行の行者さん用です。
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明王堂の下に僧坊・法曼院(ほうまんいん)があり、更に急坂を下ると大乗院に至る。愚管抄*(ぐかんしょう)を著した慈円(じえん)が学問興隆に励んだところで、親鸞(しんらん)は出家した後、最初にここで修行を積んだという。
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大乗院を更に下ると、鬱蒼とした林の中に中国風の山門が現れ、その奥に善住院がある。人影がなく、ひっそりとした佇まいで、出家して俗世界と隔絶した修行の地にふさわしい。
犬が門番をしていました。(離れてから、尻尾を振りながら吠えられました。)
今迄は此処までは何度か来ましたが、さあ〜これからが、行者道です!!かなり急坂です。
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途中見つけました。もしかしたら、こういうお地蔵様(?)を拝むのかな??
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結構、道は細く急坂!!普段の怠惰な生活が恨めしくなります(・_・;)
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裳立山の紀貫之のお墓のそばまで来ましたが、無動寺から1.4Kですか!!ちなみに紀貫之をググって見ました。
紀貫之は蔵人望行の子として貞観年代に生る。
和歌のほか書道にも優れていた。延喜五年(九〇五)御書所預りとなり、越前権少椽、内膳、典膳、少内記から大内記歴任、従五位下となる。
紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑らと勅命によって古今和歌集を選び、貫之がその序を書いたがこれで大に有名になった。
完成を見て天皇喜ばれて貫之の歌百首を加えるように指示されたという。
加賀美濃介国司の次の役となり、大監物、右京亮、続いて土佐守になった。
性温雅廉直、庶政をおさめ善政を行うて徳望あり、土佐在任中余暇を求めて『新撰和歌集』の仕上げをしたことは別項高知大学松村教授の記述にもある通りで、これも醍醐天皇の勅命によったもの。
京都に帰って後玄蕃頭従五位上になり、さらに従四位下から木工権頭になったが、天慶八年(九四五)五月十八日六十歳で逝いた。
万葉集紗鈔、及家集の著は有名であり、後人三十六歌仙を選ぶに当って貫之が第一に推され、柿本人麿に配し和歌の祖宗または歌聖とされた。
その家系として伝えられるものは孝元天皇三代武内宿弥四代の孫紀角から出て
おり、一門歌道に緑深く名門であった。 
かくてこの孤独孤高を持した詩人貫之朝臣は、その徳を慕う人々によって大津市南滋賀に福王子神社として神に祀られ、
その墳墓は洛東比叡山裳立(もたて)山に明治元年建立され、松籟のなかに「木工頭紀之貫朝臣之墳」の字とともに傾いたまま、寂しくしずかに然して国府の空をなつかしむ如くである。
(国府村史より・昭和三十六年)
ケーブルカーでの裳立山駅はかなり上の方だけど全長2Kのうち1.4Kだとするとかなり下の方だなとおもいました。(もっとも、550m先だけど・・)
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急坂は続きますが、お地蔵様(?)が・・・眼をキョロ、キョロさせながらカメラを構えながら足下をみながら、息を切らせながら・・・大変です。
続きます。

2008/5/28 水曜日

明王堂での食事

Filed under: 食べ歩き, 大人の楽しみ — makun @ 15:27:41

今迄の昼食です。(一応(・_・;)精進料理だと思います。)
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味は、旨い!!。(一緒に行った複数の連れが異口同音に、美味しい!!って云っております。)
本当はもっといっぱい写真にと思ったのですが、納所の○○さんに叱られて内緒なのです。(阿闍梨様・修行僧さん達には許可を受けております。)
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全員が食事を終わるまで(無言で!!)待っておりますので、同伴者達の感想は(結構食事が遅いので)美味しいけど焦ってしまう・・友達同士で食べたらもっと美味しいわ!!
次回は無動寺から坂本までの行者道を・・と思っております。(約2キロ時間にして70分くらい。)

2007/12/18 火曜日

空派?鶴一派?

Filed under: 食べ歩き — makun @ 23:09:00

今日は鶴橋に用事があったのでお店の娘にうどんか蕎麦の美味しい処を教えてって聞いたら「鶴橋なら焼き肉にしなさいよ !」と複数の娘に怒られました。(・_・;)
 腎臓を悪い私には肉は鬼門なのですが同行の人間が食べたいだろうと思い直し、何処が良い?と聞いたら、大変でした。
空派と鶴一派で真二つです。・・・・・結局「そら」に行く事にしました(理由は一品一品の量が少ないらしいからです。!)
 無事用事も終わり。・・・
目指す「空」を探し当てましたが「な・なんと火曜日は定休」でした。
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第2の候補超有名店の鶴一を探しました。
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流石超有名店です。直ぐ2軒見つかりましたが本店と書いてある方にしました。
 全テーブルにコンロに火は入っており従業員は全員インカムを着けておりました・時間は午後2時前位でお客様は少なめでしたが、直ぐ満席になるのでしょうテーブルが空くと直ぐ火を補充しておりました。
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注文は、石焼きビビンバ・赤センマイ・クッパ・キムチ盛合せ・焼き野菜です。飲み物はウーロン茶(禁酒しましたので・娘も同じでした。)
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石焼きビビンバは私がクッパ、赤センマイは娘が(赤センは旨いと言っておりました。)後キムチ焼き野菜は2人でたべましたがお勘定を払って表に出ましたが、お目当てのサンゲタンが無かったのが不満でしたそれと値段が高い(-_-#)
別に目の玉が飛び出る程では無いが・・・・

2007/10/20 土曜日

「堂入り」

Filed under: 大人の楽しみ — makun @ 23:59:40

 先日、千日回峰行の最難関である堂入が行われたと云うニュースを聞いて堂入の最中は明王堂はどうなっているのかな?縄張りがしてあって傍にも寄れないのかな?それとも・・・と疑問が湧き「堂入り」が終わる前に参拝したいと思っていました。
昨日(19日)は雨で参拝できず、ようやく晴れた今日明王堂に出かけました。
12;00のケーブルカーに乗り明王堂に着いたのは、12:30くらいでした。
先ず最初に閼伽(あか)井をのぞいたら普段はカラカラになっていたのが水が満々と蓄えてありました。
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普段は板なども置いてありませんでした。やはり、午前2時にお不動様にお水を上げるのに板が必要なのかな・・・

明王堂の方に行ったら、普段は開け放してあるお堂にカンヌキが掛かっておりました。
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しかし静かです。本当に静かです。お堂の中で明日から阿闍梨様になる人の難行が行われているのかと思うと拝まずにはいられませんでした。(拝)
神妙な気持ちになりお不動様の真言を心の中で唱えて、いっときしてから法蔓院、護摩堂の方は、どうなっているのか気になり下におりて行きました。
法蔓院の玄関には沢山の靴が見えましたので‥信者のお食事なんだなぁ〜と時間をおもいだしました。(13:00過ぎです。)
明日の未明は満行だから信者の方もかなり大勢いるらしく下足が沢山あります。1398.jpg1399.jpg

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護摩堂の方は『夕食と朝食は大乗院にてお渡しします』の張り紙がありました。

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きっと信者の方々は21日未明に阿闍梨様をお迎えする為に来ているのでしょう!(かなり寒いと思います。信者の方々も結構大変だな!と妙な感心をしてしまいました。)
 その後、大乗院とわらじを撮ってから明王堂の裏口を撮影して、もう一度拝み(今度は行者様に無事満行出来ますように!祈念しました。)帰途につきました。
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07.10.21  22:49
無事満行おめでとう御座います。
星野さん「堂入り」満行
千日回峰行 断食不眠9日間(京都新聞電子版が消えた時の為に)
「堂入り」を満行して出堂した星野さん。両脇を抱えられて自坊へ向かうなか、信者が手を合わせる(21日午前3時8分、大津市坂本本町・延暦寺明王堂)=代表撮影
 天台宗の荒行「1000日回峰行」で断食、断水、不眠、不臥のまま9日間、堂にこもる「堂入り」の行に入っていた星野圓道さん(32)=延暦寺大乗院住職=が21日未明、満行して比叡山の無動寺谷・明王堂(大津市坂本本町)を出堂した。堂入りの満行は6年ぶり、戦後12人目。

 午前1時、星野さんは本尊の不動明王に供える水くみ「取水」のため、堂から姿を現した。約40分かけて近くの閼伽井(あかい)を往復し、再び堂に入っって最後のお勤めをした。このあと、堂に隣接する法曼院の井深観譲住職や信者が堂へ入った。井深住職が結願の証明を読み上げた後、星野さんは断食後初めて薬湯「朴の湯」を口にし、本尊を3周して13日以来続いた行を終えたという。

 午前3時前、堂の正面の扉が開かれた。星野さんのほおはこけ、両脇から僧侶に支えられて自坊へ向かった。冷たい風が吹く中、縁者や信徒約600人が境内を埋め、「生き仏」となった星野さんに手を合わせた。泣きながら不動真言を唱える女性も多く、厳粛な雰囲気に包まれた。

 堂入りは、700日の回峰を終えた行者が堂にこもって不動真言を10万回唱え、不動明王と一体となることを目指す。

 星野さんは来年、赤山禅院(京都市左京区)を往復する赤山苦行、最終年の前半は京都市内を回る「大廻り」に臨む。

 京都新聞電子版にでていた薬湯「朴の湯」が気になってググって見ました。
2003年11月18日(火)
本草綱目(ほんぞうこうもく)にはたいがいの生薬が網羅されておるんよ、朴の木の皮は掲載されておるんだが、朴の葉(ほおのは)は掲載されておらんのよ。傷寒論(しょうかんろん)にも厚朴(こうぼく)といって朴の木の皮がでてきます。厚朴の働きは気を降ろして消化を助けます。消化管は口から肛門に向かって食べ物が進んでいくように流れが出来ておるわけよね、しかしストレスが加わると気が逆流したり、食べ過ぎたり便秘すると気が止められたりします。そういう状態になると食べ物が流れに乗っていけなくなるわけよ。内部でこんな状態になると外部ではお腹が張ったり、痛んだり、のどが塞がる感じがしたり、息が苦しくなったり、精神的に落ち着かなかったりします。そんなときに厚朴(こうぼく)で気を降ろして、消化管内の食べ物が先に進むようにするんです。ですから9日間の堂入りの行が終了して「朴の湯〜!」と雄叫びが上がったら、おいらは朴の木の皮を煎じて献上しますわ。意味としては食べ物や水が9日間も通過しなかったら消化管内の流れがおかしくなってると思うのよ、そこで厚朴の煎じ液を注ぎ込んで消化管内の気の道筋をつけてあげるわけよ、それでも葉っぱを使用するんかなあ、どうでしょうか?
2003年11月17日(月)
昨日、国営放送もどきの局で再放送なんだが比叡山で千日回峰の行者をやっておりましたですねえ、その行者は酒井雄哉(ゆうさい)さんです。千日回峰を満行した人は400年で約40人だそうですわ、10年に1人ということなんだけど、このおっちゃんは2回もやった化け物ですわ。この修行は初めたらどんな理由があろうともやめることができず、修行ができなければ自ら命を絶つそうです、その為ひもと短剣を持参しておるようで実際それを使用した行者もおったそうです。1日2食でうどん、じゃがいも、とうふ、みそ汁なんてメニューでしたわ、3時間位の睡眠で一日平均40キロの山道を走破するそうです。千日で地球1周の距離らしいですわ、カロリーの観点から考えると収支があわんと思うねえどうなっとるんじゃい〜。5年目の700日(7年で満行)を終えると9日間の堂入りといって不眠不休、水さえも飲まない難行をやるんだわ、水を飲まないと血液や血行に問題が出そうなんだけど、超人なんだねえ。この難行が終了すると「朴の湯〜!(ほおのゆ)」なんて雄叫びがあがり、朴の葉を煎じた薬湯を持ってくるんだが、行者はそれを一口飲むのよ、朴の葉にどんな薬効を求めておるんですかねえ知っておる方いらっしゃいますかあ?

2007/10/19 金曜日

ビバ!スクエア 総集編

Filed under: 大人の楽しみ — tamura @ 13:28:40

 私は今年で52歳になる男性です。今までけっしてフーゾクに興味がなかったわけではありませんし、週刊誌や時々駅で求める夕刊紙で 広告も人目を気にしながら見てはいました。
しかし、いざ行こうとなると、何となく恥ずかしいのです。初対面 で、自分の娘くらいの若い女性ですよ、しかも、私はそんなに女性体験 が多い方ではなく、きっと性技の方も下手なほうでしょうし、男性自身 に自信があるわけでもなく、そんな緊張でがちがちになってしまう場面を想像すると、どうしても二の足を踏んできました。
ところが、先日、京都で会議があり、半日ほど時間が空いたので、 ノートPCを開いて、インターネットでどこか観光でもとGoogleで検索しました。最近はどこでもインターネット接続ができて本 当に便利になりました。
その時です。思いもかけなく「雄琴」の文字を画面に発見しました。
私たちの年代では、雄琴といえは、トルコ、後のソープです。「え、京 都から雄琴って近いんだ」、と初めて知ったのです。こうなると、長年 抑えてきた願望と、旅の恥はかき捨てという声が私を一気に「雄琴」へ 走らせたのでした。
いろいろ関係のホームページを見ながら、「少年時代の淡いときめ き」というフレーズに誘われて、「スクエア」へ思い切って電話をかけました。
「雄琴は、初めてなんですが、どうのように行って、どのようにすれば いいのですか?」と、私。妙に「雄琴は」の「は」に力が入りました。
「お客様は、今どちらですか、お車ですか?」
「京都駅の近くの○○ホテルです。車はありません。」(ア、ホテルの 名前なんか言う必要はなかったのに、アガッテル?)
「それでしたら、JR湖西線(3番ホーム)で、比叡山坂本駅までお越しいただけ れば、お迎えに上がります。」
「え、ヒエイザンサカモト? オゴトではないのですか?」
「雄琴駅の一つ前の駅で、こちらの方が快速も止まり本数が多いので便利かと思います。
京都からは快速で15〜6分位です。」
「あ、そーなんですか。便利なんですね。」想像していたより、ずっと丁 寧で暖かい電話口での受答えのせいか、少し落ち着いた私は、料金のこ となどを尋ねて、本当は、どのような内容かを聞きたかったの だけれども、聞いても体験しないとわからないし、聞くのは恥ずかしい し、それに何となくここなら大丈夫のような気がして、比叡山坂本駅に 到着したらもう一度電話することを約束して電話をきりました。
宿泊先のホテルから、JR京都駅は目の前で、JR湖西線に は簡単に乗ることができました。ちょうど快速電車がなかったのです が、各駅停車でも20分くらいだとわかって、来た電車に乗りまし た。
初めて京都から湖西線に乗った私は、これが、北陸の金沢方面に行 く線と知り、ちょっとした旅行気分も味わいながら、比叡山坂本駅まで は、すぐにつきました。電車を降りて、スクエアさんに電話をすると、 すぐに迎えの車が行くので、ということで、当日の服装を聞かれまし た。
なんで、遊びにいくような服をもってこなかったのか、悔やみなが らも、「紺の上下スーツに水色のシャツと青っぽいタイです。」と応えますと、「約五分で、ホンダのワンボックスカーで、白のストリームでお迎えに上 がります。ナンバーは、「4126」ヨイフロです。」
「良い風呂ですか、わかりました。」さすがは関西、ナンバーも洒落て ると変なところに感心して、おかげでまた、少し緊張が緩みました。
比叡山坂本駅は、駅のポスターによると、どうやらケーブルカーで比 叡山への登り口が近くにあるようです。ということは、ちょうと京都と 比叡山を挟んで反対側にいるのか、と考えているうちに、白のストリー ムが近づいてきました。ナンバーは、「4126」。これです。運転 手さんと目が合って、会釈をすると私の前で止まりました。
とうとうソープの送迎車に乗っている自分が、何か冒険モノのヒー ローになったかのように思えて、好奇心のかたまりだった青春時代にも どったかのように、わくわくしている自分が不思議でなりませんでし た。すぐに、右手に琵琶湖が見えてきたと思うと、ソープらしき看板が 上がった一隅が見えてきました。
「あれですか?」
「○○様は、雄琴は初めてですか?」
「雄琴は、初めてなんです。噂には聞いていましたが。」
「初めての雄琴で、私どもスクエアをお選びいただき、ありがとうござ います。本日は、どなた様からかのご紹介でしょうか?」
「いや、ネットですよ。東京からなんですけどね、ちょっと時間ができ たものだから。」精一杯、この手の遊びには慣れてる風を装い、運転手 相手に見栄を張る自分が、まったく、青年みたいだと思いながらも、
「ずいぶん、ソープランドが集まっているみたいだけど、何軒ある
の?」と尋ねてみた。
「41軒です。」
琵琶湖畔に突き出した岬に集まった、ソープ街は、突然現れた蜃気楼の ように思えて、ますます、冒険に行くような気分になってきました。
ほどなく、車は、「シルクロードゲート」と書かれた電飾の門をくぐっ て、左右にソープらしき(はじめてですから、自分のイメージです)建 物が立ち並ぶ通りに入っていきました。
駐車場の入り口に立っていた人が、サーと駆け寄り、「お待ちしてお りました。」と一声。車が正面の玄関に着くときには、中からまた別の 黒服のボーイが飛び出してきて、ドアを開けて、「○○様、お待ちして おりました。」と迎えられました。むー、高級ホテルに着いたときのよ うな出迎えだが、ここは、慣れている風を、とそればかりが気に なって、結局、正面の建物の感じとか、よくわからないまま、店内へ導 かれるままに入っていきました。
フロントでは、予想外にも、若い女性の対応です。
「90分で総額30,500円でございます。ご指名の場 合は、指名料が1,000円かかります。」ソウガクってこ とは、これ以上支払わないでいいということで、シ メイリョウって、いつ指名するのだろう?
「雄琴は、はじめてなので、どうすればいいの か、、」なるべく関東弁で、「は」を強調して行っ たつもりでしたが、フロントの彼女は、ニコッと 笑って、
「ここで、総額をいただいた後、ただ今ご案内出来るコンパニオンを写真パネルでお選びいただけます。」
「わかりました。いい子いる?」ワー、愚問だ。 言ってしまって、顔が赤くなるのがわかります。
「はい、当店のコンパニオンは皆、いい子ですよ。 でも、○○様の好みもございますので、どうぞ、あ ちらでお尋ねください。」
総額を支払うと、ボーイに案内されてカーテンで仕 切られた右の部屋に通されますと、そこには壁一面 に、女の子の写真が貼られています。
ボーイは、写 真パネルを指しながら、「ただ今、すぐにご案内できる子が、○えさん 、○子さん、たった今キャンセルの出た○さんでございます。」
「どの子もいい感じなんだが、むー。どうしよ う?」やっぱり、ここで優柔不断がでてしまいます。
「・・・この娘は?」とショートカットの清純そうな可愛い娘を指差しながら聞きました。
「○さんは、とても人気の子でキャンセルが出ない限り、予約無しではめったにご案内出来ません。」
「あ、そう。じゃ、○さんでお願いします。」
「それでは、コンパニオンの準備が出来るまで、こ ちらで少々お待ちください。」
と向かって左の部屋に案内してくれました。促され るままにソファーに腰をおろすと、その部屋は、ま るで昔よく通った喫茶店の一室のような感じで、私 にはとても居心地の良いものでした。
「お飲み物は何にいたしましょう。」
とおしぼりと ともにメニューを渡されたので、まるで喫茶店では なく、まさに喫茶店です。
「お車でなければ、生ビールもございます。」とい うけれども、メニューに値段が書いてないので、少 し不安になり、
「生ビールって、いくら?」と聞いてみたのです。
「店内でのお飲み物は無料でございます。」
(アーァ、遊んでないのがバレた。)
「そ、そーだったね。じゃ、生ビール。」と言った ものの、吹き出した汗をおしぼりで拭うことに。
よく冷えたビールは、乾いた咽喉を潤し、五臓六腑 に染み入ります。そして、少しリラックスしてきま した。
なるほど、ここが、かつては「トルコ風呂」 と呼ばれ、今は「ソープランド」と称される、男の 殿堂か。
何か王様でもなったような気分にしてくれ るぞ。などと思っている内に、少し尿意を催してき ました。女の子が出て来る前に、トイレに行ってお かなくては、と立ち上がって、ボーイと目があいま した。
「おトイレでございますか?」
「そ、そうなんです。」
「どうぞ、こちらでございます。」
と案内されたトイレは、掃除の行き届いたキレイな トイレで、何かお香の香りもするところでした。
トイレから帰ってくると、さっとおしぼりが出てき ます。当初、私が想像していたのは、もっと、猥雑 で怪しい感じのところでしたが、全く違っていて、 もっと気さくで、洗練された雰囲気です。
これっ て、スクエアさんだけなのでしょうか?それと も、、、
「○さんの準備が整いました。どうぞ。」との声 に、一気にまた緊張が走りました。
部屋から出ると、中央の階段のところに、白いスーツ姿の ○さんが、待っています。
(わっ街で見かける普通の小柄な女の子だ!いや、普通の娘よりも洗練されたハイクォリティーなキャリヤウーマンと云った感じの娘です。)
「○です。」ととびっきりの笑顔で言われます と、自分の顔が少し赤くなるのがわかります。
「よろしく、お願いします。」と声が少し震えてい るかもしれません。
○さんは、私の腕をとって、二人で階段をあがっ ていきます。
「おトイレは大丈夫ですか?」
「先ほど、すませました。」
「この部屋です。」と部屋に通されました。
その部屋は、奥がタイル張りになっていて、浴槽が あり、手前は、絨毯がひかれて、ベッドがあり、 テーブルやサイドボードには、女の子らしい小物や 置物があって、奥の浴室がなければ、独身の女の子 の部屋に来たみたいです。
この辺からは、恥ずかしくて書けません。というよ り、心の中にしまっておきたいような感じです。
とにかく、何もかも初めての経験でした。若い女の 子に身体を洗ってもらうだけでも、素晴らしいの に、あー、今思い出しても、最高でした。
○さん は、最初から最後まで優しくしてくれて、途中で きっと初心者だというのは、バレていたと思うので すが、そんなことは、どうでもよくなり、○さん にリードされたまま、(これは一種の介護だったか もしれません。)王様のように扱ってもらいまし た。この世で受ける最高のサービスです。
服を着ても、まだ、身体がポカポカ、心もポカポカ で、雲の上を歩いているような感じで、よく覚えて いません。
○さんには、また必ず来るねと約束し て、1階へ降りると、ボーイさんが「お上がりなさ いませ!」
と一斉に言われたと思います。また、部 屋に通されて、お茶を出されて、感想を聞かれまし たが、
金メダルを取った後のスポーツ選手みたい に、「最高でした。」をただ繰り返したような気が します。
帰りも、JR比叡山坂本駅まで車で送っていただき、 京都へ帰りました。
車窓からの景色も、世界が輝い て見えました。まるで、童貞から卒業した遠いあの 日のように、何も怖いものはないような、心身とも に20代か30代になったような、強くて爽快でな 気分でした。
その夜は、とてもそのまま眠る気がせず、祇園町に 繰り出しました。ところが、気分が若々しかったた めか、思いの外、もてもてで、本当に素晴らしい一 日でした。ありがとう。 完

2007/10/3 水曜日

■イベリコ豚に続け!ブランド豚肉。

Filed under: 管理者より — ブログ 管理者 @ 13:46:27

 「あぐー豚」「東京エックス」「白金豚」「イベリコ豚」。ずらっとあがったこれらの名前、何だかご存じですか?これはすべて、今日本で食べられる「ブランド豚」の一例です。
 豚肉は、ここ数年で本当においしくなったこともあって「牛肉よりも断然豚肉!」というファンも増えています。なかでもレストランなどのフードビジネス界での人気はうなぎのぼりで、豚肉専門の焼肉店やブランド豚専門店などが次々と登場しています。
 ひと口にブランド豚といっても中身はさまざまです。イベリコ豚はスペイン西部地方にのみ生息するイベリコという品種の豚が原産。成長が遅いことから生産量が少なく、味わいも濃厚であることから最高級の豚肉とされています。あぐー豚も沖縄の在来品種の豚がルーツです。これらは品種そのものがブランドとなっているケースです。
 一方、東京エックスは東京の青梅で開発された豚。このように品種の違う豚をかけあわせて生まれた豚の中から、優秀な特徴のある豚をブランドとして登録している豚肉もあります。さらに、三元豚のように特別な餌と飼育方法で育てられた豚も広い意味ではブランド豚といえるでしょう。
 豚肉は必須アミノ酸やビタミンB1を豊富に含むほか、ステアリン酸やオレイン酸がコレステロール値を下げるなどの働きを持ち、育ちざかりのお子さんから健康が気になる年代の方にもぴったりの食材です。価格も手ごろ、いろいろな料理に使える、といった点でも主婦の心強い味方でしょう。ブランド豚は、そこに「独自の味わい」という付加価値がついたもの。日常で楽しめるグルメ食材として人気が定着するのは間違いなさそうです。
※参考;社団法人中央畜産会 
豚肉ランド
てぃーだショップ

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