2011/3/13 日曜日

話題のチェーンメール

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観,未分類 — makun @ 14:33:43

転送します
関西電力に勤務している友人の友人から送られてきました。
ご協力頂ける方はよろしくお願い致します。
以下が内容です。
————–

関西地区にお住まいのみなさん。東北三陸沖大地震に伴い、関西電力が東北電力への電力提供を始めました。

少しの節電でも立派な支援になります。電子レンジや炊飯器など、普段さしっぱなしのコンセントを今日だけでも抜き、一人一人が出来る節電のご協力をお願い致します。

このメールをできる限り広め、節電による送電の支援が出来ればと思いますのでご協力よろしくお願い致します。

折り返し、知人からこんなメールが来ました.
※善意のメールで良い感じがしますが、あまり沢山の人が大量に転送するとサーバーに負荷がかかり
、最悪の場合ダウンします。
緊急の連絡の妨げになるので
災害時には特にチェーンメールに注意しましょう。
と、テレビやネット上で言ってますよ。
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2010/4/21 水曜日

続/東海道・中山道の旅(鸚鵡籠中見聞録より転載。05.11月分)

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 22:23:21

中山道走行中
日本橋、板橋、蕨、浦和、大宮、上尾、桶川、鴻巣、熊谷、深谷、
途中、桶川、鴻巣、深谷の道路沿いの道標です。
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本荘、新町、倉賀野、高崎、板鼻、安中、松井田、坂本、
松井田宿は米宿とも呼ばれ繁栄した。
坂本宿は碓氷峠の麓である事から坂本と名付けられた。   
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中山道

軽井沢、沓掛、追分、小田井、岩村田、塩名田、八幡、望月、芦田、長久保、和田
芦田宿と和田峠
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和田峠を過ぎるといよいよ下諏訪です。
下諏訪は、諏訪大社下社の門前町として繁栄し難所和田峠、甲州街道との分枝そして中山道唯一の温泉場として賑わった。
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下諏訪を過ぎたら塩尻、洗馬、本山、贄川、奈良井、薮原、宮ノ越、福島、上松、須原、野尻、三留野、妻籠、馬籠、落合、中津川、大井、
オオシテ(漢字が出てこない)細久手.御嵩
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妻籠はひなびた宿であった。明治以降も時代に取り残されてしまった故に多くの遺構を今日に伝え、
長野県の明治100年事業で町並みが復元され今日では重要建造物保存に指定されている。
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妻籠の本陣のなかにあった。
珍しい座敷の大名用?のトイレ(昔は雪隠せっちん)と湯殿
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御嵩は願興寺の門前町です。
御嵩の資料館に行ったら休館日(>_< )
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御嵩を過ぎると伏見、太田、鵜沼、加納、河渡、美江寺、赤坂、垂井、関ヶ原、今須、柏原、醒井、番場、鳥居本、高宮、愛知川、武佐、守山、草津。草津で東海道と一緒になります。
写真は柏原
柏原は艾うどんがあって昆布を艾に見立てて上に赤いショウガを乗せて火に見立てるうどんが名物と書いてあったのでうどん屋を探したが夜になったせいもあり見つからなかったのが残念(T_T) まぁ〜滋賀県だし折りを見て探します。
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東海道・中山道の旅(鸚鵡籠中見聞録より転載。05.11月分)

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 17:30:33

瀬田唐橋から出発しました。
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土山の本陣跡です。
土山宿は、京都、大津、草津、水口、土山宿です。
土山の地名は中世甲賀五十家の一つ土山氏がこの地を治めたのが由来らしいです。
難所の鈴鹿峠を控え旅人で賑わった。
「飯盛りなし、宿の女の袖を引き、その夜の伽とする也」とあります。

岡崎宿

亀山、庄野、石薬師、四日市、桑名、宮、鳴海、知立、岡崎で岡崎に来ました。
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1542年12月16日、岡崎城内で産声を上げたのが徳川家康です。
岡崎藩は代々五万石でも「五万石でも岡崎様はお城下まで船が着く」と唄われ舟運が盛んであった。

「岡崎女郎衆は良い女郎衆、揚げ代二朱也.五百文もあり」とある

袋井宿
妙日寺、日蓮の父、貫名重忠の墓と供養塔が在る
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Posted by makun at 15:34:23 │東海道&中山道の旅
2005-11-18

袋井宿は日本橋、京のいずれから数えても27番目と謂う丁度真ん中の宿です。
「この宿の飯盛り女も外の宿にかわる事なし五百文也」とある

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御油宿

赤坂、御油と来ます。
「御油に赤坂吉田がなくば何の江戸通い」(参勤交代の武士編)と唄われ「揚げ代は五百文と三百文あり」とある
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三島宿

吉田、二川、白須賀、新居、舞阪、浜松、見附、袋井、掛川、日坂、金谷、島田、藤枝、岡部、府中、はぁ〜・・・
江尻、興津、由比、蒲原、吉原、原、沼津ようやく三島。どっこいしょと。。。
箱根峠を無事越えた人々は「山祝い」として祝杯を上げた。三島大社の参拝者もあり多いに賑わった。
「飯盛り女郎五百文いにしえより名高し」とある.
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箱根は小田原藩が管轄した

日本橋
箱根、小田原、大磯、平塚、藤沢、戸塚、保土ケ谷、神奈川、川崎、品川、日本橋・・・お疲れさまでした。
(車のナビチャンが空いている道を選び藤沢以後は東海道を通らず、私も疲れていたし関東生まれなもので結構馴染みがあるものでつい、
いいか!って飛ばしてしまいました
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江戸時代の旅

江戸時代の旅と云っても江戸時代が300年近くあるし貨幣価値が最初と終わりではかなり違うと思いますが余り難く考えないで下さい。
 武州荏原郡喜多見(世田谷区)に国四郎(百姓)が伊勢に出かけた。(弘化2年、1845年)1月22日出発、伊勢参りのあと大阪、宮島
(広島県)岩国(山口県)京都、琵琶湖等を見物して4月22日帰った時の費用(名物の飲食、土産、芝居見物、見せ物見学を全て入れて)
が5両2分・・・1両が10万で55万くらい
庶民が泊まる宿は200文くらい(¥5,000)因みに飯盛り女の相場も200文。
 江戸時代の川柳 亭主の旅日記を見た女房が ※旅日記、この二百はえ、二百はえ
旅籠は売店がない、代わりに宿に物売りが来る  14〜5才の前髪(少年)がお煙草入りませんか?楊枝(ようじ、ハブラシの事)歯磨き
(歯磨き砂)お鼻紙はいりませんか?
別の物売りが焼酎は要りませんか?白酒あがりませんか?この焼酎は脚に吹きかけ疲れを取る事もする。
それに座頭の按摩が来る寄付の勧進に来る瞽女が三味線を鳴らして伊勢音頭を唄う・・・と賑やかだったらしい

江戸時代の旅続き

普通、江戸からだと江の島、鎌倉、箱根七湯等一週間ぐらいが多かった。これなら一両もあれば充分に贅沢な旅を楽しめた。
※ 七つ立ち は午前四時頃で旅人は大体1日十里ぐらい歩いたから朝は早い。
※江戸から京都。125里余り13〜15日くらいの日程。
※草鞋一足20文、※ 「あい お世話」茶店を出る時、茶だけ飲んで立つときは茶わんに1文入れる事になっていた。
※普通の遊女は店先に並んで客を待つ「張見世」張見世で気に入った遊女を選び揚げ代も高くて2分(4分で1両)
か1分(1両で10万、単純計算で5万か25,000)無論それ以下でも遊べた。
※因みに弥次喜多の北さんは華水多羅四郎(はなみずたらしろう)の抱えの色子だから喜多八は陰間上がりだった。
(陰間・色を売る少年)※ 川柳にも遊女よりあわれ陰間の年季明け(少年の僅かな間だけ商売になるがやがて、
髭の剃跡が青々してくる、筋骨たくましくなるとグロテスクになるばかり、
そうなると陰間でなく化け間になる。寺院関係者の愛好者が多いらしくそのつてで、寺男やら武家の中間か物売りになるしかない。
※陰間の事を筍だと云う何故なら成長したら喰えなくなる。 一般に江戸庶民は男色に大らかだった。
※東海道中膝栗毛は膝を栗毛の馬に例えた洒落です。
※木賃宿  食料の持ち込みでそれを焚く薪代を払うから。

2010/4/17 土曜日

閑話休題、茶摘み(鸚鵡籠中見聞録より転載)

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 19:48:09

閑話休題、茶摘み
 日吉茶園で茶摘み行事に遭遇しました。
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この枝折り戸が空いているのを初めて見ました。
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日吉茶園:延暦寺を開いた最澄(さいちょう)が、唐から持ち帰った茶種を植えたのに始まる日本最古の茶園と伝えられ、園内には大正10年(1921)日吉大社が建立した由来碑があります。嵯峨天皇に弘仁六年(815)最澄と同道した留学僧の大僧都永忠によって茶が献じられたと伝えられる。毎年摘まれるお茶は茶筒で2、3缶ほど。5月に摘まれ、6月に比叡山延暦寺の浄土院で行われる「長講会(ちょうこうえ)」や、翌年4月、日吉大社の山王祭の献茶に使用される。「日本最古の茶園」説にちなみ、同社の「もみじ祭」では毎年、裏千家による献茶祭が行われる。
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帰りに日吉茶園に寄ったら枝折り戸が閉まっておりました。
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2009/12/4 金曜日

伊崎寺

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 1:17:28

12月に入ったというのに小春日和の暖かい日に伊崎寺にお参りに行ってきました。入り口近くの牧場の馬も外に出ていました。____.JPG駐車場も1年前からはかなり整備されていますが、庫裏の大改修の為か材木の山です。
______0.JPG______1.JPG駐車場から約800m位の山道を歩きますが1年半前は木の根っ子がむき出しでそのうえに大きな岩がゴロゴロして歩きにくい事歩きにくい事、でも今は道に土を撒きかなり歩きやすくなりました。入り口付近の石のお地蔵さん?仏様?も高い所に移転してすっきりしました。______.JPG________.jpg____1.JPG
道程の中ほどまで来ると右前方に出迎え不動と書かれたの板きれが見えてきます。
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言い伝えに因ると役行者がここまで来たら猪と出会い猪に導かれて不動明王に会われたとか(現在の棹飛び堂内の大巌)参詣に来た人は此処で立ち止まり両手を合わせて通り過ぎていきます。
暫く歩いて行くと前方の方に工事中の建物が見えて来ました。かなり急な石段(自然石)を20段くらい降りると伊崎寺境内です。石段脇のちょっとした隙間に運搬車が置いてありました。(比叡山の僧侶仲間の餞別だそうです。)
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石段を降りてすぐにトイレが有りそのまま右に折れていくと工事中の庫裏の真ん前に出ます。____2.JPG
工事現場の中に木彫のお地蔵さんを発見!!お地蔵さんの顔を見ていたら天台ネットの一隅を照らすの中にある今日の一言のバナーに描いてあるお地蔵さんのそっくりに見えてきました。kiboriJPG.JPG
庫裏の前を通り過ぎて石段を数段上がると左手に荼枳尼天(だきにてん)を見て正面に本堂があります。dakinitenn.JPGhonndouJPG.JPG
本堂でお参りをしてから本堂の右脇に棹飛び堂と書いてある方に行きますと正面に地主神社がありま。叉本堂の右側の縁石の部分に大きめの穴があいており其処に小さな鳥居があります。鳥居の正面に小さなお不動様が安置してます。龍穴です。・言い伝えに因ると竹生島?(だと思った)と繋がっており龍が自由に出入りする穴だそうです。____2.JPGryuuJPG.JPGjisyuJPG.JPG
地主神社を通り過ぎてなだらかな石段を降りていくと棹飛び堂です。棹飛び堂のご神体は赤い色した大巌です。(この大巌まで役行者は猪に導かれて来たのです。大巌そのものがお不動様であると役行者が言ったとか!)________1JPG.JPG____________.JPG
棹飛び堂から琵琶湖を見ると12月に入ったのに珍しく穏やかな小春日和です。(普段は強風で寒いのは半島の突端だから当たり前ですね)あまり穏やかなのでエリとか沖ノ島を撮りました(因に日本国内で淡水の島で人が居住している唯一の島らしいです。)__________________1.JPG______________________2.JPG
古は伊崎半島も島だったらしいです(一説によれば島から地続きになったのは明治以降みたいです。)ですから山門は琵琶湖側に向いており棧橋まであります。____.JPG______.JPG
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今年の夏に友達とボートで参詣した時に琵琶湖側から撮った伊崎半島の遠景です。
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何年か前に一般人が無断で棹から飛び降りて死んだ人がいたって新聞に出ていたが、(それ以来棹の根元は鉄条網で入れないようにしてありましたが)居るんですねこうゆう不心得者が・・・
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2008/6/4 水曜日

続、無動寺坂

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 14:01:00

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暫く歩いていると(相変わらず坂道です。)足下を見ると湧水らしくじわじわ水が流れて道の真ん中辺りで水たまりが出来ております。その水が流れて行きます。(ふーん!!こんなんが川を作って行くのかなぁ〜と妙な感心をしながら歩いていると・・・)
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浄刹・・・何て読むのだろう?  結界跡・・・???
じょうさつ?じょうせつ??  けっかいあと?けっかいせき???
(帰ってからぐぐりました。1. じょう?せつ【浄刹】1 清浄な国土。浄土。2 清浄な寺院。また、その境内。
1. けっ?かい【結界】1 仏語。教団内の僧が戒律を犯さないように一定の区域を制限すること。また、その区域。)

要するに比叡山と下界の境界ですかね。22.JPG
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急に道が平坦になりました。
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現在の結界に出て来ました。\(^O^)/ お疲れさまでした。(自分に自分を労いました。(・_・;) )
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ケーブル乗り場の駐車場まで500mです。さぁ〜もう一踏ん張りです。

2008/6/3 火曜日

無動寺坂

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 22:09:03

NO1JPG.JPG今日は久しぶりの五月晴れの気持ちの良い日です。
明王堂に行く途中で見かけたのが郵便局の人が〒の袋をぶらさけてのんびり歩く姿です。(ふ〜ん郵便局も大変だな!!多分、延暦寺の駐車場から歩いてくるのでしょう。)yuubinnkyokuJPG.JPG
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阿闍梨様の食事席です。
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食事の後阿闍梨様の居間(?)に行きお点前のお接待を受け(その時のお菓子が可愛らしいニンジンだったので思わず!)
今日は行者道を行くので挨拶をして早々に退散しました。(阿闍梨様は落ち葉で足を滑らさないように気をつけて行きなさい!!と有り難いお言葉を頂きました。)
先ず、明王堂に挨拶をしてから愈々出発ですが余り景色が良いので西大津方面(近江京方面でした。)目の前の台は100日回峰行の行者さん用です。
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明王堂の下に僧坊・法曼院(ほうまんいん)があり、更に急坂を下ると大乗院に至る。愚管抄*(ぐかんしょう)を著した慈円(じえん)が学問興隆に励んだところで、親鸞(しんらん)は出家した後、最初にここで修行を積んだという。
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大乗院を更に下ると、鬱蒼とした林の中に中国風の山門が現れ、その奥に善住院がある。人影がなく、ひっそりとした佇まいで、出家して俗世界と隔絶した修行の地にふさわしい。
犬が門番をしていました。(離れてから、尻尾を振りながら吠えられました。)
今迄は此処までは何度か来ましたが、さあ〜これからが、行者道です!!かなり急坂です。
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途中見つけました。もしかしたら、こういうお地蔵様(?)を拝むのかな??
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結構、道は細く急坂!!普段の怠惰な生活が恨めしくなります(・_・;)
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裳立山の紀貫之のお墓のそばまで来ましたが、無動寺から1.4Kですか!!ちなみに紀貫之をググって見ました。
紀貫之は蔵人望行の子として貞観年代に生る。
和歌のほか書道にも優れていた。延喜五年(九〇五)御書所預りとなり、越前権少椽、内膳、典膳、少内記から大内記歴任、従五位下となる。
紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑らと勅命によって古今和歌集を選び、貫之がその序を書いたがこれで大に有名になった。
完成を見て天皇喜ばれて貫之の歌百首を加えるように指示されたという。
加賀美濃介国司の次の役となり、大監物、右京亮、続いて土佐守になった。
性温雅廉直、庶政をおさめ善政を行うて徳望あり、土佐在任中余暇を求めて『新撰和歌集』の仕上げをしたことは別項高知大学松村教授の記述にもある通りで、これも醍醐天皇の勅命によったもの。
京都に帰って後玄蕃頭従五位上になり、さらに従四位下から木工権頭になったが、天慶八年(九四五)五月十八日六十歳で逝いた。
万葉集紗鈔、及家集の著は有名であり、後人三十六歌仙を選ぶに当って貫之が第一に推され、柿本人麿に配し和歌の祖宗または歌聖とされた。
その家系として伝えられるものは孝元天皇三代武内宿弥四代の孫紀角から出て
おり、一門歌道に緑深く名門であった。 
かくてこの孤独孤高を持した詩人貫之朝臣は、その徳を慕う人々によって大津市南滋賀に福王子神社として神に祀られ、
その墳墓は洛東比叡山裳立(もたて)山に明治元年建立され、松籟のなかに「木工頭紀之貫朝臣之墳」の字とともに傾いたまま、寂しくしずかに然して国府の空をなつかしむ如くである。
(国府村史より・昭和三十六年)
ケーブルカーでの裳立山駅はかなり上の方だけど全長2Kのうち1.4Kだとするとかなり下の方だなとおもいました。(もっとも、550m先だけど・・)
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急坂は続きますが、お地蔵様(?)が・・・眼をキョロ、キョロさせながらカメラを構えながら足下をみながら、息を切らせながら・・・大変です。
続きます。

2007/6/23 土曜日

続明王講曼茶羅供法要

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 23:51:02

宝珠院の入り口でパックに入ったかやくご飯を貰い、院内でお汁とおかずを頂きました。IMG_1046.JPG

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食後に護摩堂に寄り(未だ護摩焚きが残っております。)明王堂のお不動様に挨拶をして帰途に着きましたが、未だ受付けに人がおりました。IMG_1069.JPG

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明王講曼茶羅供法要

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観 — makun @ 22:36:53
今日は(6月23日)明王講曼茶羅供法要と云う事なので何が何だか判らないけど、納所の方が時間があるならお参りに来なさいと云われて10:00発に間に合うように20分前に坂本ケーブル駅に来てビックリしました。車が一杯で駐車出来ません。駅員さんに別な場所を教わりようやく10:00発に間に合いました。
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延暦寺駅に着いたら乗客が三々五々皆明王堂の方に向かっております。

明王堂の側迄来たら受付があったので護摩木を奉納しました。IMG_1016.JPG

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明王堂は人が一杯でお堂の中には入れませんが座敷の手前まではどうにか行けましたが、人、人、人でもの凄い混雑です。(混雑を良い事に頭の上から撮影をしてしまいました。勿論、撮影禁止ですからフラッシュを焚かないようにして密かに撮ってしまいました。)

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行事を見ておりましたが人はずっと増え続けておりますので私みたいな物見遊山の人間がこんな良い場所にいては申し訳ないような気がして場所を移動しました。

今のうちに大乗院と護摩堂を撮っておこうと思い大乗院に向かいました。

好天気なので景色に見とれてしまいます。

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大乗院に行って吃驚!箒目がくっきりしていました。

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護摩堂に行ったら入り口が一寸空いていたので失礼をして写真を撮らしてもらいました。

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時間も大分経ったので明王堂に戻って後ろの方でじっとしていたら皆ザワザワしだし並び出しましたので私も並んでお加持を受けました。
「お昼を宝珠院ので 頂いて下さい」言われて宝珠院に向かおうとしたら、上原行照大阿闍梨様がすぐ側迄来てました。(優しそうな慈顔に満ちたお顔でした。!!)この稿続く

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2007/6/20 水曜日

続明王堂

Filed under: 大人の楽しみ,景色・景観,食べ歩き — makun @ 19:08:48


今回の目的は明王堂に行き護摩焚きとお加持を受ける事です。

明王堂のしたに総本坊の法曼院には、千日回峰行を満行した大阿闍梨が住み、不動明王に仕えている。平成13年、光永覚道師から上原行照師に交代された。

現在、比叡山無動寺谷明王堂輪番であられる善住院上原行照大行満阿闍梨は1959年、群馬県前橋市にある天台宗の寺院で生まれ、81年100日回峰行を満行後、三年籠山に入り90日間の常行三昧も満行。88年千日回峰行に山峰、94年大行満されました。
明王堂では毎日11時から上原阿闍梨による護摩修奉、お加持が行われている。(比叡山・天台密教回峰行

roke.JPGお加持を受け昼食を法蔓院で頂く為明王堂をでたら、何処かの撮影隊(「野鳥の声」の雑誌が忘れてありました。裏に撮影部のゴム印が押してありました。)

法蔓院にて上原行照大行満阿闍梨様と昼食をご一緒し、 お抹茶を頂戴しながらお話しをさせて頂いた。千日回峰行という荒行をこなした方というイメージに反し、 清らかで知的な方でした。

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延暦寺駅に着いたら丁度電車が出たばかりでした。(毎時00分、30分)

shikumi.JPG時間もあるので初老の駅員の方と四方山話を・・・ひとしきりケーブルの仕組みと一番気になるメンテナンス(月に1回オイル塗り)、ケーブルの耐用年数(6年毎に交換)をしっかり聞きました。春先などは、ヤマガラがやって来て手のひらの上にピーナッツを乗せると1羽ずつ手の上に乗ってきて他のヤマガラ(4〜5羽)はぐるぐる周り順番待ちするそうです。駅の周りにアジサイを植えても新芽がでると鹿がやってきて全部食べてしまい結局全部枯れてしまったと嘆いていました。

この黄色い台に乗り固形のオイルをケーブルに染み込むくらいの軟らかさにして塗り込むそうです。(これがなかなか難しく職人技らしく後継者の育成をしているとの事です。)oil.JPG

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